• ご挨拶

     

    2021年、東日本震災から10年が経ち、人口は減り、雇用創出の減衰が深刻化しています。しかしこれは被災地特有の課題だけでは無いと思います。津波による被災土地の整備後に未活用となった土地、地方の過疎化が進む地域での遊休地、健常者の高齢化だけでは無く障がい者の高齢化、そして少子化、地方では様々な地域課題が生まれています。そんな中で被災した未活用土地への挑戦は抱える課題の一つに立ち向かう重要なチャレンジだと考えています。

     

    レッドカーペット・プロジェクトは継続的な植樹活動とメンテナンスによって生み出される椿畑・椿園を主軸とした緑地化が、現在の被災地での課題の一つである景観の解決に繋がると信じています。椿園で癒される人々は笑顔や安らぎを得られると信じています。さらに未活用土地の活用方法の模索としては、椿畑が地域資源になり、椿を原材料にした商品の模索が大きな可能性を生み出すと考えています。地域の製造業が商品を作る事は市内外の雇用、課題を持つ障がい者や高齢者の方々の雇用時間を促す事になる可能性が考えられます。

     

    椿畑に集まって葉を採取したり、実を拾ったり、花を採取したり、小枝を使ったり、殻を使ったり、原材料としての可能性は高まりますし、この椿を主軸とした椿学習、地域活動や経済活動に繋がれる可能性を教育の一貫に組み込む等の人材育成の可能性も高められるでしょう。現在大船渡市では椿学習を市政として取り組んでいます。市の花「椿」、北東北は椿北限の地、日本が原産国である椿、椿は緑茶の原種であり日本の文化です。

     

    但し、これは農業でも、漁業でもありません、林業です。林業界では「孫子の代まで」と言われてきました。それは木を植えて育つまでは何十年、何百年とかかる事から孫子の代と言われました。レッドカーペット・プロジェクトは孫子の代まで、を目指して悲しみが訪れた地が椿の花で癒され、さらに新たな命が育まれる事を夢に活動して行きます。

     

    一般社団法人レッドカーペット・プロジェクト

    代表理事 高橋和良     

     

     

    チャノキ(茶の木、学名Camellia sinensis)は、ツバキ科ツバキ属常緑樹である。加工した(茶葉)からで抽出したが飲用される[5]チャの木あるいは茶樹とも記され、単にチャ(茶)と呼ぶこともある。

     

       想い・・・

           椿の花が咲く頃に・・・

    被災した土地、津波で流された場所、その場所を美しくしたい。 椿の花が咲く頃に、見に行きたい。 まるで赤い絨毯を敷いたようにしたい。 本プロジェクトは、2015年から始まった、 椿の苗木を被災した未活用地に植樹する活動としてスタートしました。

    2015年からの歩み

    【レッドカーペット・プロジェクトを始めるきっかけ】

     

    一般社団法人レッドカーペット・プロジェクトの代表理事・高橋和良と一家は、2012年8月から陸前高田市に新築の工場を建設して事業をゼロから始めました。作り始めた商品で柱となっている「椿茶」があります。これは、大船渡市と陸前高田市に自生する椿の葉を使ったお茶で、試行錯誤を重ね実に3年の時を費やして、2015年の夏から販売を開始しました。 当時の従業員8名が被災者であり、自宅が津波で流出したり、身内を失ったりする被害がありました。そのスタッフと共にその椿茶を生産するようになりました。椿の植樹活動が始まったのは、そのうちの1人のお母さんの言葉から発案されました。

     

    「社長さん、私達の暮らした家があった所がね、草ぼうぼうになってね…寂しいですよ」

     

     

    これが動機となりました。震災前に暮らした場所が更地のままで、草ぼうぼうに荒れ果てた姿や、空き地のままになっている情景を見るのは悲しい…と言ったのです。 ならば、椿茶を作っているのだから、被災土地に椿畑を作れば、何十年後にはその場所で、みんなで椿を採取出来るようになる。そして高台に移転した人達の眼下が椿で埋まって行き、景色も良くなる。椿畑を皆でやろうと決めました。これが映画好きの高橋一家が任意で名前を付けたレッドカーペット・プロジェクトの始まりとなりました。

    レッドカーペット・プロジェクトと名付けて2015年10月28日、個人的な団体として椿畑を作る植樹活動をスタートさせました。 場所は陸前高田市広田町中沢浜地区の、田んぼ一つ分に相当する敷地でした。それからは、個人の地主の方、市から被災土地を借りて、コツコツと椿を植えていきました。時にはボランティア、学生、学校、修学旅行に来た横浜の高校生も手伝ってくれました。

    2016年6月13日、トヨタボランティア様と大船渡市末崎町西舘地域の被災土地に椿を植えました。この日は雨ざんざんの過酷な植樹日となりましたが、笑顔に溢れる植樹会となりました。

    横浜の女子高生(陸前高田市に修学旅行)さん達と地元大船渡東高校の椿班、校長先生、担任先生としました。

  • 2020年からの歩み

    【一般社団法人になるきっかけ】

     

    2019年3月に、多くの媒体が「陸前高田市の被災土地は、70%以上が先行きが見えない未利用の土地である」と批判的に報じました。同じ時期に、地元高校1年生向けに代表理事の高橋和良が講演を行いましたが、講演後に次のような質問が出たのです。

     

     

    「陸前高田市は復興に失敗したと思いますか?・・」

     

     

    地域のみらいを担う地元の子どもたちに「陸前高田で面白い取り組みが始まった」、「自分も新しい挑戦に関わりたい」という前向きな気持ちを持ってもらうことが重要と代表の高橋は強く感じました。そこで陸前高田市の中心部にある未活用の被災土地に椿を植えて行く事を決心しました。

     

     

     


    椿の植樹による景観づくりだけでなく、「障がい者・高齢者」の雇用の場づくりを行う。新たな企業同士での「椿商品開発」市の花である椿の産業化、伝統・文化の再構築に本格的に取り組むべく、2020年6月25日にレッドカーペット・プロジェクトは一般社団法人となり設立されました。

     

     

     

     

     

    ※椿仕事をしている写真は障がい者施設さんが、日々、椿茶一次加工の仕事をしている様子を一人一人の親御さんから許可を頂き撮影した写真を使わせて頂いてます。

    2021年3月、大船渡市・陸前高田市の地元企業さんが同じ椿マークを付けた寄付付き商品を作り始めました。

  • レッドカーペットプロジェクトが目指す事

    1...被災土地に椿を植える(美しい景観の想像)

    2011年3月11日の東日本大震災の津波により被災土地整備された被災土地で未活用のまま残っている土地を借り、市の花である「椿」を植樹して緑地化を図る。春には椿が咲き誇り美しい景観に市民も訪れる旅行者の方々にも癒しを与え笑顔を増やす。これが最初に達成したい目標であり夢です。

     

    2...椿園の維持を行なう(交流人口と雇用の創出)

    植樹会に賛同し、寄付、協賛、寄贈、ボランティア、お手伝い、植樹会を開催して頂いた企業様、団体様、組織様、個人の皆様、教育機関様に満足を頂くよう畑のメンテナンスをする。枯れた椿の植え替え、肥料、草刈り、全体の整備や公園化を行い、訪れる人々の憩いの場を維持していきます。
     

    3...椿を素材にした商品の開発(商品開発と雇用の創出)

    レッドカーペット・プロジェクトを2015年にスタートした時は、椿を材料として商品を作っていたのは地元企業一社が作る 「椿茶」だけでした。2020年6月25日から一般社団法人となり、大きな被災土地に椿の植樹活動を行なうようになってから、理解を示し協力してくれた3社の企業さんが2021年には椿商品に取り組み、現在では「椿茶」「三陸椿米菓」「三陸椿林檎」「三陸椿髪油」の4商品が地元企業4社より商品化されて販売されるようになりました。このように椿を素材にした商品開発の促進を進める企業様へのレッドカーペット・プロジェクトは後方支援になっていきたいと考えています。皆が同じ椿マークを使い、椿を素材に使った商品からは、3%〜5%、呈茶として企業様が採用している場合は最大10%が、レッドカーペット・プロジェクトに寄付される、寄付付き商品として椿畑を支えていきます。後々の数十年後には三陸椿麦酒、三陸椿ワイン、椿蜂蜜、椿墨、椿アロマなどこの地域から椿商品が立ち上がって行く事で夢はさらに広がります。
     

    4...原材料の採取地として産業化を目指す(雇用の創出と次世代育成)

    椿を好む害虫がいます。それは「茶毒蛾」という害虫です。大変に危険です。関東の小学校の一部では、夏休みに山中に入る時、「クマ、毒ヘビ、スズメバチ、茶毒蛾」に気をつけてと言うチラシを渡される所もあるぐらいです。
    この茶毒蛾が唯一生息していない地域が、北東北と北海道です。理由ははっきりとはわかっていませんが、冬の最低気温が-4℃以下になる日が三日以上続くからではないかと考えられています。理由はハッキリしていませんが、結果的に安全かつ殺虫をしなくで良いので、「無農薬」で椿を採取できています。これは原材料としても、椿園にしても、椿を運ぶにしても大変大きなアドバンテージをこの地は持っている訳です。この土地を椿の産地化になれるよう目指して行きます。

    現在、「椿茶」と言う商品を一例にしますと、原材料として椿葉は採取から一次作業後まで行った段階のものが、割と高価な金額、椿1kgあたり2,000円〜2,200円で買い取りされています。採取は企業、A型、B型の障がい者施設様、就労支援センター様、高齢者の会の方々が現在、採取を行っています。この椿園から採取出来るようになる日が待ち遠しいです。

     

    品質管理と保管管理を行い、まとめて毎週、企業に持ち込みしています。地域の課題であるひきこもり、障がい、育児や介護で時間制約のある方達、事情を抱えている方々の就労の機会になり成長を続けていきたいと考えています。集約された椿畑、椿園から、様々な地域の方々、組織、団体、企業が原材料として確保できるのは産業化への道だと考えられます。レッドカーペット・プロジェクトは、このような地域産業化への下地を作る努力をしていきます。

     

    5...椿園、畑でのイベントの促進(交流人口の拡大)

    例えば、広くから幼児、小学生低学年までの女子を募り「椿娘コンテスト」、椿の廃材を使って書道の墨を作り「椿書道大会」、椿の「絵コンテスト」、椿学習体験、椿を素材に使った食材の椿食材発表会、想像次第で様々なイベントやコンテスト等を開催できると思っています。そのバックアップをレッドカーペット・プロジェクトは行っていきたい夢があります。

     

  • 主な活動

    椿の植樹活動

    市民がやぶ椿を持ち寄りながら、継続的に実施する土地の造成(整備)植樹活動及び植樹イベントを行うことで、 広く市民が椿をより身近に感じる活動を実施します。

     

     

    椿の商品生産による就労支援活動

    椿畑から採取した葉や小枝、実や花等を作業所にて一次加工し、ひきこもり・高齢者・育児や介護で時間制約のある方達への就労支援活動を実施します。

  • 植樹エリア

    観光用植樹エリア

    予定植樹数/苗木大:600〜800本 被災土地の活用、イベント開催、まちのにぎわいの創出

    産業用植樹エリア

    予定植樹数/苗木小:6000〜7000本 椿茶など商品の原料を生産する椿畑

    植樹エリアは2011年の東日本大震災で津波被害を受け、大規模にかさ上げした陸前高田市中心部に位置します。 高田松原運動公園東側、約2.6ヘクタール(坪数換算7,864 坪・東京ドーム半分程度)の土地に、数年かけておよそ7,000本規模の椿を植樹する予定です。

     

     

    2019年秋、陸前高田市は中心市街地の復興造成工事が終わりを迎えつつありましたが、用途未決定の被災土地が多く残る事となりました。私たちはここに注目して、みんなが集まることができる椿畑を作るために、その土地を利活用する方向に動き出しました。 市の所有する被災土地を借り入れするためには、これまで個人として活動してきたこのプロジェクトを、非営利の法人にする必要がありました。そのため、2020年6月に非営利・一般社団法人レッドカーペット・プロジェクトとなり、同年7月より、借り入れすることとなりました。

    椿畑のイメージ

  • 3つの椿ストーリー

    陸前高田市の市の花で、日本原産である椿の花言葉は「謙虚な美徳」。津波にも負けず生き残った強さとその美しさは、 三陸で暮らす人々の生き方、日本人の心そのものです。私たちが陸前高田市の被災土地に対して「椿」によって利活用を行うことを考えるきっかけになった、椿にまつわる3つのストーリーをご紹介します。

    01.津波に負けない奇跡

    2011年の東日本大震災で生き残った「奇跡の一本松」は大変有名ですが、実は椿も、津波に負けずに多く生き残りました。椿は根を地中に深く張る性質があるため強く育ちます。その強さが、津波に耐え抜く奇跡を起こしたのです。

    02.日本最古の椿 三面椿

    大船渡市の市花も、やぶ椿が指定されています。大船渡市には、1,400年も生き残っている天然記念物の三面椿(熊野神社)があります。震災後の調査により、過去の震災で三度も海水に沈んだ事が分かっている奇跡の椿です。海外に輸出されて大変に可愛がられている椿です。シャネルに代表されたり、オペラの椿姫、CAMELLIAの美しさは世界に広がりました。この椿は日本で生まれた原産地である事はあまり広く知られていません。1,400年の椿は国内最古である事は間違いなく世界最古の椿と言えるでしょう。それがこの岩手沿岸気仙地区(陸前高田市・大船渡市・住田町)に生きているのは誇りなのです。

    03.北限の椿と強い生命力

    椿はとても深く根を張る植物です。そして大きくなるためには他の植物の何倍もの年月を要します。そのため、一旦深く根を張った椿は災害に強いのです。岩手三陸沿岸南部はその椿の北限の地(太平洋岸)です。

  • プロジェクトチーム​

    project team

    高橋 和良

    代表理事 植樹・畑メンテナンス

    (株)バンザイ・ファクトリー 代表取締役。岩手県紫波郡矢巾町出身。東日本大震災の翌年の2012年8月に陸前高田市に移住と工場と自宅を建設し事業創出を始める。

    渡邊 さやか

    理事 広報担当

    2007年外資系コンサルティング会社入社(IBM系)。2011年6月に独立し、震災をきっかけに陸前高田で採れる椿油を使った気仙椿化粧品の開発・販売を行う。(株)リテラ代表。

     

    その他、現在は地域企業の支援や海外でのBoP/SDGsビジネス事業構築、アジア女性社会起業家支援に尽力している。

     

    日経ソーシャルビジネスアワードアドバイザー、長野県立大学非常勤講師など。慶応大学SDM博士課程在学中。

    伊藤 英

    理事 広報・植樹

    KAMIKIRISALON ひみつきち 代表。岩手県陸前高田市出身。2011年3月11日被災者となり、翌2012年3月一般社団法人SAVE TAKATAに入職。

     

    出会いは震災後の水質で苦しんでいたバンザイ・ファクトリー高田工場の水質改善だった。震災をきっかけに陸前高田の物産品を首都圏で販売する活動を行う。古民家リノベーションや地元学校での教育支援講義等も実施。

     

    2015年 東京に修行に出る。

    2019年5月、KAMIKIRISALON ひみつきちを陸前高田市内にオープン、評判店となり現在に至る。

    吉田 雪希

    理事 植樹の手伝い

    岩手大学 人文社会学部在学(2年)。岩手県陸前高田市出身。小学校5年生の時被災者となる。郷里への思いが強く、バンザイ・ファクトリーでのアルバイトをきっかけに、未成年学生ながらレッドカーペット・プロジェクトの設立に参画する。

     

    様々な地元の活動に参加し、経験を積んでいずれは陸前高田に戻り地元の為に動きたいと思っている。また、震災で支援を受けた恩を忘れず、復興につながる仕事をしたいと日々修行中。

    高橋 美栄子

    専任事務全般 畑作業と植樹

    株式会社バンザイ・ファクトリー常務取締役。岩手県盛岡市出身。国立岩手大学・教育学部卒。

    前職、医療システム開発会社・副社長。カナダのグループ会社(R&Dセンター)の社長を兼務、上場準備の為監査法人との監査(国際税務監査も含む)担当を経験。2006年5月、(株)バンザイ・ファクトリーの起業をする。

     

    東日本大震災後の2012年8月に陸前高田市に移住し今日に経る。趣味は映画三昧(凄まじい映画馬鹿)と花を中心としたガーデニング。一児の母で特技はピアノ。息子のバイオリン練習の為に日々ピアノ伴奏をしている。

     

    村上 徳次郎

    畑のメンテナンスと植樹の手伝い

    大船渡市日頃市町出身在住

    年齢は聞いて無いので解りませんが、友人であり、一緒に仕事もしている、陸前高田市の、ひころいちファームの村上社長のお父さんです。学校卒業後は木材業に勤務して定年を迎える。木が大好きに徳次郎さんです。

     

    とにかく仕事をキッチリと仕上げるプロフェッショナルです。

     

    雨にも負けず、風にも負けず、夏の暑さにも負けず・・そんな岩手県人らしい人間です。

     

    後ろに写っているのは大林さんです。

     

    大林 孝典

    事務局 申請・管理・畑のメンテ

    代表理事の高橋に巻き込まれて副業(会社が推奨している事から)として担当。申請者になり各種団体への申請書作成から申請まで、それらの管理遂行業務を担当。

     

    最近ロードバイクに入れ込んで、副業資金をそれに投資、新たな趣味を満喫している。最初っからビディングペダルシューズ(普通の人は何を言っているのか解らない)を使用し、そのような自分に酔っている状況。趣味人は最高です。

     

    (現在勤務)

    一般社団法人ピーカン農業未来研究所

    陸前高田しみんエネルギー株式会社

     

    <経歴>

    陸前高田市役所

    JICA (海外勤務)

     

    グロービス経営大学院大学

    Master of Business Administration、良く省略して言われるMBAです。

     

    慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス 総合政策学部

  • 地元の協力者

    Local supporters 

    畠山 康男

    土、堆肥、ため池、JUNBO

    陸前高田市の(株)畠山林業、創業者で会長、レッドカーペット・プロジェクトの被災土地との苦難な戦いを聞いて、見かねて気の毒に思い支援を行う。

    重機の貸し出し、堆肥・肥料の都合、そして水が足りない事への支援でため池を作る。大きな功労者です。

    高橋 知子

    畑のメンテナンス

    2015年の植樹から、今日まで子供達を引き連れて、植樹会、土やり、水やり、肥料、づっと六年間支えて来ました。レッドカーペット・プロジェクトの影の功労者です。

    千葉 豪

    植樹会には必ず来る

    ワカメ漁師、大船渡市の吉浜で漁師をしている千葉豪さん。2015年の第一回目からづっと植樹の手伝いをしてくれた最も長い支援者の一人です。

    なかなか言葉では表しきれない彼の性質、性格、面白さは文書に出来ないのが残念ですが、とにかく故郷想いに溢れる人間です。

     

    村上 一憲

    ひころいちファーム

    震災で米粉パスタ製造や野菜のソムリエになり、米粉スナック、米粉パスタ、農業の六次化に取り組み農業と工場を営んでいます。震災で被災者なり、それを機に事業展開を行った起業家です。

     

    奥様の実家である内陸から藁を持ち込んでくれたり、JUNBOの運転をして整地してくれたり、様々なツバキ畑の支援をしてくれています。

    及川 武宏

    スリーピークス・ワイナリ

    震災後、故郷大船渡に家族・子供を引き連れて帰郷。元鹿島アントラーズの小笠原と大船渡高校で同級、サッカーで全日本に行く。

    監査法人に勤務時代に3.11震災。スポーツを通じて被災地への支援をと、東日本復興財団(ソフトバンク)に勤務しながら、生誕地の大船渡市でワイン製造の立ち上げを行う。現在キャッセン8街区にて醸造所を営む。レッドカーペットの肥料買い付け、父は培養土を運んでくれたり色々と支援を行っている起業家です。

    松本 直美

    フォトスタジオ経営

    震災前に陸前高田市に四国からお嫁さんに来てくれた方です。関西大手のスタジオに勤務していた事から、写真の腕は相当です。震災によって被災者になりましたが、観光物産関係の写真依頼をこなしながら、あっちこっち、内陸、県外からも撮影依頼が来るようになり、とうとう自分のスタジオを作ろうと起業され評判で大忙し。植樹会、畑のメンテナンスと毎回、手伝いをしてくれています。

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